マズローの法則?

たまたま有名なマズローの法則についてネットの記事で見かけました。
少し気になったので読んでみると、最近の私の思考の傾向について、ある納得感を感じました。
マズローの法則は、今更ですが、人間の欲求について考察したものだと思いますが、段階的に「生理的欲求」「安全欲求」「社会的欲求」「尊厳欲求」「自己実現欲求」とピラミッド型で構成されています。
低次の欲求が満たされると次の次元の欲求を満たすために動機付けされるそうです。
私はそんなに経済的に裕福なわけではないですし、社会的地位や名誉を得ているわけではないですが、歳をとったことで、色々と自分を取り巻く環境は変化していることに気がつきました。
まず若い頃は当然収入も多くはありませんでしたけど、それ以上に生活するためにお金がかかりました。
子育てはもちろんですが、家を買ったりもしましたし、結構背伸びした生活を志向していたこともあると思います。
それだけに生活を成り立たせるために必死になっていた気がします。
日本ですから、生命の危険を身近に感じるようなことはありませんでしたので、安全欲求の基本的な部分は恵まれていたと思いますが、それでも生活を成り立たせるための安全欲求に当たる部分がメインの動機付けとなって生きてきた気がします。
それがここ数年で、子供たちも成人し、子供にかかるお金もめどが立ちました。
大きな経費がかかることもめっきり減りました。
この後は老後のためのお金の心配はありますが、幸いに大企業で長年お世話になれたので、比較的計画しやすいのも事実だと思います。
また、若い時に比べると生活の高望みもしなくなった気がします。
要するに、生活のための安全欲求の要求レベルが結構低くなったのではないかと今回、思いました。
また、その上位レベルの「社会的欲求」ですが、これも欲求レベルが下がってきている気がしますし、既にある程度満たされているのかもしれません。
会社では皆さんに良くしていただいたので、組織に所属している感も十分得られていました。みんなに協力してもらって、大したことではないですが、達成感も味わってきました。
そうなると、その次の尊厳欲求がモチベーションになるのでしょうけど、そもそも尊厳に対する欲求がそんなに感じない気もします。
そんなわけで全体的に欲求に対する要望レベルが下がったことで、その上にあるはずの「自己実現欲求」に属することが気になるようになったのかもしれません。
調べてみると、この分野の欲求の中には、社会や他者のために行動したくなるようなことがあるようです。
私は世のため人のために働くほど善人ではないですが、若い世代や労働者にとってより住み良い世界とはどんなものなのか、どうしたらそのような社会へのアプローチに貢献できるのか、などについて考えてしまうことが増えてきているのは、そんなことが影響しているのではないかと思ったのです。
もしかしたら、私だけではなく、一般的に歳をとるとだんだんとそのような傾向が出てくるのではないのでしょうか。
だから自ずと政治や経済にも興味が出てきて、若い頃は全く関心がなかった社会の成り立ちなどに年寄りほど積極的になるのではないでしょうか。
結果、投票率も上がったり、テレビやネットのニュースなどのターゲットにもなるのかもしれません。
日本では若者が政治に興味を持てない状況が過大視されていると思いますが、もしかしたらマズローの欲求モデルから考えても若者は生活のための「安全欲求」を満たすために必死であり、社会のあれこれに意識を持つ余裕がないのではないかと思いました。
もしかしたら、もっと「安全欲求」を満たすことが根本的に困難で、若者も自分の生活を維持するためにもっと社会をも変えていかないと立ち行かないという状況ならば、また違った行動をとる人も多くなるのかもしれませんが、今の日本はそこまで危機的ではないので、必然的にこうなるのではないでしょうか。
もし、若者をもっと社会活動に前向きにしたいのなら、生活のための「安全欲求」を今以上に速やかに高次元で多くの人が満たせるような環境にしてあげることが必要なのかもしれません。
そのためにはやはり経済的な余裕と先行きに対する見積りが立てられる状態を作り出していく必要がありそうです。
でもそのための社会の仕組みを作るためにはやっぱり若者が主体になる必要もありそうですし、鶏と卵の関係になってしまいますね。
世の中は難しいです。