エンジニアという生き物について2

去年末にhttps://aizawa.life/エンジニアという生き物についてで書いた続きを書こうと思います。
前回書きましたように、私が大学を卒業してキヤノンというメーカーに就職したのは、「楽しいサラリーマン」生活が送れるのではないかとなんとなく思ったからでした。
この「楽しい」の中身を少し考えてみました。当時の仕事を振り返りながら書きます。
当時の事を思い出してみますと(32年も前のことですが)、メーカーというところで研究や開発をするということは、前回書いた「大学での研究室」のような雰囲気で興味のあることに取り組めるという期待でキヤノンに入社した感じでした。
そして、キヤノンで初めてやった仕事は毎朝新聞の記事を切り取り、紙に貼り付けて掲示板に貼る仕事と、製品の評価の仕事だったと思います。
当時の社会的な雰囲気もあったのだと思いますが、新入社員はそのような仕事が当たり前な感じでしたし、下っ端として、まずは人間関係を気づくことから始めるのだ、と思っていた気がします。
でも、職場のイメージは大学の研究室に結構近くて自由は雰囲気があり、時間に捉われない働き方に結構満足していた記憶があります。
当時はキヤノンでもフレックスタイム制があって、コアタイムの10:00から14:45だった記憶があります。
ですので、私が当時感じていた9時5時で働くサラリーマンといった感覚ではなかったです。
そして社内にも技術や発想を重んじる雰囲気がありました。
後になくなってしまいましたが、中央研究所は自由な発想を想起するためのスペースなどがあり、技術者のエリートが集う所というイメージがありました。
私は中央研究所などには配属されませんでしたが、いつかはあそこで働いてみたいと思ったりしたものです。
しかし、企業において、研究や開発をするということは、大学の研究室とは動機や求められる成果が異なるという事を徐々に学んでいくことになります。
また、生意気にもそんなに技術に精通していたわけでもない私なのに、「映像のキヤノンとか宣伝しれるくせに、案外力仕事が多く、アカデミックじゃないな」とか感じていました。
理論よりも現象を重視して、結果往来な感じがとても違和感がありました。
それでも、自由な雰囲気とものつくりに対するこだわりみないなものを先輩方から感じていましたし、会社自体も技術者中心な感じで居心地も良かったです。
エンジニアになって良かったな、と思ったと思います。
社会もバブルの残り香が漂う時期でしたので、まだ社会も今のように閉塞感が固まった状態ではなかったので、バブルはじけて大変だ!というけど、その実感はそんなにありませんでした。
私は運よくデジタルカメラをなんとかしようという部署でしたので、職場にはすごい熱量と、危機感が同居している感じでしたし、今のようにコンプライアンスも取り沙汰されない時代でしたので、24時間働く感じで、それは私生活も仕事も区別がなくなるくらい、のめり込んで仕事してた気がします。
慣れないソフトウェアを担当したこともありますが、全くわからない事を学生と違って、日程という枠を決められて中で組み立てて行く作業は大変だったのでしょうが、とても楽しかった思い出となっています。
残業は物凄かったですが、それを丸々残業代で支給してくれましたし、やりがいはとてもありましたので、働かされてる感は薄かったと思います。
自分が関わった製品が発売されて、店頭に並んでいたりしたときには、とてつもなく嬉しかったし、世の中の人たちがデジタルカメラを使ってくれて、評価してくれたり、批判していたりするのをすごく気にして仕事に関わっていました。
世の中的には、そんな時代の背後に、過労死だったり、心の病だったりと、忙しすぎる社会がもたらした悪影響が顕在化し、いわゆる「ブラック企業」をなくすための施策や法律ができてきたのは、当然のことだと思います。
でも、私はエンジニアの本来の楽しさは、この「新しいものや、こだわりのもの作りに熱中できる」という要素が大きいのではないかと思うのです。
もちろん今の若い人たちの中には、仕事は仕事であり、楽しくなくて良いものだ、という考え方があることもわかっています。
仕事は生活のための収入を得る手段であり、そこには楽しさとか、やりがいとかは必要ないという考え方もありだとは思います。
今、世の中では「日本はイノベーションが生まれない」とか、「技術立国ではなくなってしまった」とか言われます。
それは、ある意味エンジニアの熱量が発揮し難い状況になるからなのではないでしょうか。
エンジニアや研究者がその威力を発揮するためには、ある程度自由な環境と一見効率化とか、採算性とかとは異なるパラメータを取り入れた環境が必要なのではないかと思ってます。
確かに会社ですから利益を上げて規模を拡大するためにコスト意識は大事ですし、効率化も必要です。
でも、今の社会では、あまりにもそれに偏りすぎているのではないでしょうか。
世の中の雰囲気も、なんだか自分達で自分達の生き方を窮屈にしているように思えますし、エンジニアだけではないですが、そんな空気が仕事をやり辛く、つまらなくしてないでしょうか。
違う面からエンジニアを考えると、エンジニアは誰でも向いている職業でもないと私は思います。
今まで書いたように、ある意味自由と余力を求める部分がある分、誰でも成功できる職業であってはいけない気がします。
先のに書いたように、仕事は仕事と割り切りたい人には厳しい職業なのかもしれません。
誰でもチャレンジできますが、誰もが成功する職業ではないという意味です。
エンジニアは常に自分のスキルをアップデートしなくてないけません。
過去の栄光でずっと食べて行くべき職業ではないのです。
それがやり続けられる人、やっていて楽しい人がエンジニアとして第一線で活躍していく必要があるのだと思います。
ですから、残業を残業と思わないような人でないと真のエンジニア成功者にはなれないのではないかと私は思います。残業をしろ!といっているのではありません。もはやそれは残業では無いと思えないとやってられないという感じです。
例えば、好きなドラマを見ているとついつい徹夜で見続けてしまったり、麻雀やってて朝になったりしませんか。
ちょっと極端な例ですが、ある意味それに似てると思います。
私がエンジニアとして成功したかというとそんなことはありませんが、少なくとも私は苦にはならない人種だと思います。
他の例でいえば、アスリートは私たち普通のサラリーマンでは想像も付かないようなストイックな厳しい練習や日常生活を送っているのではないでしょうか。
自営業の人は土日もなくお客様の対応をしている方も多いのではないでしょうか。
それでも一流になれるアスリートは人握りです。
そのような厳しい環境だからこそ、真に素晴らしい成果とその人たちに影響を受けて業界が活性化するのでは無いかと思います。
エンジニアの世界もそれと同じようなところが必要な気がします。
裾野は広くていいのですが、その中で真に頑張れる人、才能がある人がその能力を存分に発揮して、成果を残す。そしてそれに対して最大限の報酬とリスペクトを注ぐ。
そんな環境がメーカーや研究機関の中に生まれてくれれば、もっと日本のエンジニアも元気になるのではないかと思います。
昔のようにみんなに残業や休日出勤を強いるのではなく、本当に楽しくていつまでもやっていたい人が思う存分追求することができる環境を作れれば良いなぁと思います。
エンジニアという生き物は、子供のように無邪気で、のめりこんでこそ真の威力を発揮するものではないかと私は思います。
昔、プラモデルを夜中まで作っていたように。